東京都北区王子本町1-1-12☎ 03-3907-7808Googleマップ
御由緒

 御祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、速玉之男命(はやたまのおのみこと)、事解之男命(ことさかのおのみこと)の五柱で、総称して「王子大神」とお呼び申し上げます。紀州(和歌山県)熊野三社権現(本宮・那智・新宮)の御子神さまの呼称で、世界遺産にも登録された熊野古道には多くの王子神が祀られていたといわれます。
 創建は詳らかではありませんが、源義家の奥州征伐の折、当社の社頭にて慰霊祈願を行い、甲冑を納めた故事も伝えられ、古くから聖地として崇められていたと思われます。その後、元亨2年(1322年)、領主豊島氏が紀州熊野三社より王子大神をお迎えして、改めて「若一王子宮」と奉斉し、熊野にならって景観を整えたといわれます。それよりこの地は王子という地名となり、神社下を流れる石神井川もこの付近では特に音無川と呼ばれています。
 戦国時代、当地の領主となった小田原北条氏も当社を篤く崇敬し、朱印状を寄せて社領を安堵しております。
 徳川時代に入ると初代家康公は天正19年(1591年)、朱印地二百石を寄進し、将軍家祈願所と定めました。二百石は当時としては広大な社領で、それより代々将軍の崇敬篤く、「王子権現」の名称で江戸名所の1つとなります。

 三代家光公は寛永11年(1634年)、新たに社殿を造営、林羅山に命じて縁起絵巻「若一王子縁起」三巻を作らせて当社に寄進しました。その後も五代綱吉公が元禄16年(1703年)、十代家治公が天明2年(1782年)、十一代家斉公が文政3年(1820年)と造営修繕された社殿は秀麗な権現造りで、境内には神門、舞殿などをそなえ、摂末社も17社を数えていました。
 特に八代吉宗公は紀州徳川家の出自で、この地に紀州ゆかりの当社があることを大いに喜び、元文2年(1737年)に飛鳥山を寄進、桜を多く植えて江戸庶民遊楽の地としました。これが今に残る花の飛鳥山(現 飛鳥山公園)の基となったもので、現在も桜の季節には多くの花見客で賑わっています。
 明治元年、明治天皇は新たに首都となった東京を守護し、万民の安寧を祈るため、准勅祭社を定めました。当社もこの東京十社に選ばれ、以来、東京の北方守護として鎮座しております。
戦前は「太田道灌雨宿りの椎」と伝えられる巨木を始め、多くの樹木が茂り、勝海舟の修行話も伝えられております。戦災でほとんどを焼失致しましたが、1本だけ奇跡的にイチョウの木が生き残りました。樹齢600年とも伝えられるこの大イチョウは、東京都の天然記念物にも指定されております。
 戦後は氏子一同、復興に努め、昭和39年の第一期、昭和57年の第二期造営を経て、黒塗りと金箔をほどこした壮大な権現造りとして社殿を再建、境内を整えて現在の景観となっております。

末社 関神社

 全国でも珍しい「髪の祖神」。御祭神は百人一首でも有名な蝉丸公で、姉「逆髪姫」のために髢・鬘を作ったという伝説により、髢、鬘や床山業界の方々の信仰厚い神社です。また蝉丸公は琵琶の名手でもあり「音曲諸芸道の祖神」としても崇敬されています。戦災で焼失したものを、髢、鬘、床山、舞踊、演劇などの関係業界の御尽力により、昭和34年に再建されました。境内には毛髪報恩のための毛塚も建立されています。

境内のご案内

大鳥居

 高さ28尺6寸(約8.6m)の大きさは、石造りの鳥居としては都内有数のもので、茨城県稲田産の御影石を使っています。戦災で焼失した神門の場所に立てられており、境内神域をお守りしています。

狛犬

 当社の狛犬は阿吽の形態とともに「子育て狛犬」として建立されています。社殿向かって右側の狛犬が父親で、子どもをあやす鞠を持っています。向かって左側の狛犬が母親で子どもを守っており、ご夫婦揃って子育ての守護となっています。

本社神輿・神輿蔵

 平成29年に本社神輿が奉納されました。台輪は三尺、屋根は王子神社の姿を模した唐破楓で、重量(相棒含む)約550㎏、胴には当社伝来の田楽舞の彫刻がされています。令和元年の例大祭に天皇陛下御即位を奉祝して初の本社神輿渡御が行われました。神輿蔵は同年竣工、神輿をご覧頂けるように正面と側面がガラス張りとなっております。

由緒板

 境内参道横に由緒板が建立されています。平成25年に神社代表総代によって奉納されました。文面は宮司が記述し、北区教育委員会が監修・制作して完成に至りました。また「田楽の碑」の改修も合わせて行われ、神社の伝統を伝えるものとなっております。

大イチョウ

 「王子神社のイチョウ」の名称で東京都の天然記念物に指定されている大イチョウです。当社の創建当時からあると考えられ、樹齢は600年とも言われています。戦災で社殿を始め、境内の殆どを焼失する中で唯一生き残った貴重な大イチョウです。雄の木ですのでギンナンは生りませんが、秋の紅葉は見事です。

句碑

 王子神社の天然記念物の大銀杏の下には石碑が立っています。
暮際もなく 夜空にうつる さくらかな
              八十三翁 大谷暁山
 石碑の裏には「昭和五年八月十三日」とあり、往年の飛鳥山の桜花の情景を詠んだ、元王子町長大谷氏の句碑ということです。
 当時の飛鳥山は、新しい公園に生まれ変わって整備されましたが、同時に公害のため、桜は見られなくなったそうで、石碑は往事の名所をしのぶものとして立てられたようです。現在、飛鳥山は再整備されて昔の面影を取り戻し、桜の名所として親しまれています。